雲龍寺(うんりゅうじ)
〜別所長治公首塚〜

  場 所: 兵庫県三木市上ノ丸9-4
宗 派: 曹洞宗
山 号: 高源山
創建年: 天徳二年(957年)
創建者: 良源


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 別所長治は東播磨最大の大名で、織田信長が勢力を西国にまで勢力を広げてくるといち早くその傘下に入っていた。しかし、長治は織田軍の上月城での残虐行為、羽柴秀吉への不信感等から、織田家に反旗を翻し毛利家に味方した。三木城に籠城し秀吉率いる織田軍に対抗するが、2年近くに及んだ籠城戦の末、天正八年正月十七日に兵士、領民の助命を条件に一族とともに切腹して果てた。秀吉は兵士や領民の助命を条件に切腹した長治の行為を「前代未聞」と敬意を表したといわれる。
 首実検後、雲龍寺の住職が長治夫妻の首をもらい受けて寺に埋葬したと伝えられる。


雲龍寺の石碑

雲龍寺本堂

別所長治と照子夫人の首塚

別所長治時世の句の石碑
「いまはただ恨みもあらじ諸人の命に代はる我が身と思へば」

三木城外堀にに使用されていた石垣

雲龍寺と三木城の位置図(現地案内板より)
当時、三木城内に雲龍寺があったのが確認できる



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駐車場:あり


訪問日:2018年4月




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